| ハセベ:
平尾誠二さんは、ぼくが本当に尊敬させていただいている人の一人です。いろいろと話をしていると、いつもいろんなことをインスパイアされます。やっぱり第一線でずっと活躍してきたスポーツマンの方、選手としてだけではなく指導者としても世界のトップを相手にされてきた人ですから、その経験からくる言葉はほんとうに違います。ぼくもオージーボールという球技をやってたんです。「green
bird」の活動をしているとわかるんですが、社会的な活動というのにはやっぱりスポーツ、特に団体競技で学んだことは実に直接的に生かされるんですよね。
平尾:
「一人一人が成熟することが大事なんだと思うんです。義務と権利を両方わきまえること。日本人はね、もともと『つとめ』と『かせぎ』の両方が大事だった。それが今では『かせぎ』さえあれば一人前の大人として認められちゃうようなところがあるでしょう。『つとめ』が忘れられてしまっている。もともと大人ならばしなくてはいけない『つとめ』ができて一人前。お金を稼いで税金を払うのはもちろん大事なことですよ。でも『つとめ』を果たすということが、公に参画するとうことがないと。それも自発的に。言われていやいややるんでなしに」
ハセベ:
ホント、そういう平尾さんはまさに大人。大人としての条件をすべて備えた人だなぁと会うたびに思います。悔しいくらいにカッチョイイ!!
平尾:
「日本はどうもTPOをわきまえていないコドモ社会であるような気がします。大人の社会にしなくてはね。大人が揃った社会になれば、たとえばポイ捨てなんてすることはありえないでしょう。ハセベくんがやっているような活動は、大人ならカッコワルイことはやらないじゃない、って気づかせてくれる。もしそれがわかっていればね、住んでいる人間が成熟した人たちならば、街は自然に浄化していきますよ。身の回りのエコロジーを考える人が増えれば変わります。大人というのは『折り合いをつける』ことがきちんとできる人だと思うんです。足るを知っている、というか。自然との折り合いをつける、公との折り合いをつける。自分が楽しい気持いいだけを追求していたら、それは行き詰まりますよ。心の豊かさとか、ライフクオリティを考えるのだったら、いい感じの折り合いをつけることを考えないとはじまらないと思います。それが大人だっていうことでしょう」
ハセベ:
ぼくは、平尾さんから伺った「新・公私混同論」というのがマジに正しい、素晴らしい考え方だと思ったんですよ。
平尾:
「公私混同というと悪いことのようですが、そうじゃない。『公』と『私』を同じように考えていくことが社会を変えるんじゃないかと思ってるんです。自分のこととして、『公』の活動ができる人間。『つとめ』と『かせぎ』の両方ができてはじめて一人前。当然の義務を果たせる人間が、大人なんですよ。ところが今の日本の人たちは『公』ということに対して距離をおきすぎですよね。自分のことじゃない、誰か遠い世界の人が考えていることだと思い込んでいる。当事者意識がなさ過ぎるんです。ただ、それはちょっとしたスイッチが入りさえすれば変わること、気がつくことなんですよ。だからハセベくんたちのやっている掃除というのはいいですよね。ゴミを拾えば捨てなくなる、当たり前ですよね。当たり前のことに気づかせてくれる、というのは実は貴重なんですよね、今。残念ですが。大人になることって、カッコイイことなはずなんですよ。でも今その軸がどうもずれている。個性がとんでもなくあることをカッコイイと思っている節がどうもあるんですが、個性が強くてゴミをポイ捨てしてたら恐ろしくカッコ悪いんですよ。ファッションばかりに気をつかって街のこと周りのことには全く気がつかないなんてね」
ハセベ:
こういうふうに、平尾さんはホント、しっかりとこちらが出したパスを受け止めてくれるんですよね。強いパス、弱いパス、出す側受ける側、難しいこと、いろいろあります。
平尾:
「100年後の街がどうなっているのかな」と考えるべきだと思うんです。その場合、今60歳の人が想像できるビジョンというのは、やっぱりその人の寿命、たとえばあと20年というスパンでしか考えられていないと思うんですよ。それは仕方がないことですよね。それに対して、ハセベくんなんかはいま31歳でしょう。最低でも40年のビジョンがあるわけじゃないですか、普通に。それだけの長い見通しがあるビジョンじゃないと日本はまずいと思うんですよ」
ハセベ:
なるほど、40年のビジョン。確かにそうですね、教育問題なんて、今の小学生が大人になって、そしてその子供たちをどんなふうに育てるか、そこまで見ないとわからないことですよね。このことも、平尾さんから教わったのでした。
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