volume 83 (『ソトコト』 2010年9月号掲載)
今回の対談のお相手は、「日本プロサーフィン連盟」の顧問の腰添健さん。
サーフィン歴40年近くになるベテランながら、最近はサーフィンを通じたエコ活動や健康維持を促進。
さてそこに秘められた想いとは!?

 昨年まで『日本プロサーフィン連盟』の理事長を務め、現在は同顧問および渋谷区千駄ヶ谷にあるサーフショップ『サムドラ』を経営する腰添健さん。そのかたわらで、今年の春からNPO「朝一生活」を立ち上げ、「ASA1」というプロジェクトを開始するため現在準備をしている最中だそう。「ASA1」とはココロとカラダ、そして地球を健康にするための活動をしようというもの。実はハセベケンも、新たにグリーンバード千駄ヶ谷チームをつくって「ASA1」とコラボして、早朝に掃除をできないかと構想中だ。今回は、サーフィンに対する想いや「ASA1」について腰添さんに語っていただきました。

ハセベ
今日はよろしくお願いします! まずはどういうきっかけでサーフィンを始めたのかを教えていただけますか?
腰添
高1の時、隣の席のヤツの兄貴がサーフィンをやっていて、夏休みに連れてってもらったのがきっかけ。僕は大阪出身なんだけど、大阪は海まで遠くて、免許もなかったから、洗車を手伝ったりして連れてってもらってた。とにかくサーフィンが楽しくて、とりあえず大学に行ったほうが時間ができると思って、適当に大学を受けて。それで、高校卒業と同時に車の免許とって、親に中古車買ってもらって、そこからひたすらサーフィン漬けの生活のはじまり! 当時は月~金曜は海に行って、車の後ろにふとん敷いて寝てた。で、土・日は、大阪に戻ってディスコに行って遊んでた。
ハセベ
そんなコトしてたらお金が大変だったでしょう(笑)。
腰添
親からもらった小遣いじゃ足りないし、バイトする時間ももったいなくて、どうすれば海に行くお金が手に入るか必死に考えてた。もちろん大学の授業なんて行くはずもなくて、落第して。それで6回生のとき、メーカーからサーフボードをテスト用に支給してもらうレベルにまでなんとかなれた。そしたら友人に「健ちゃんのボード、調子良さそうやなあ。中古で売ってよ」って言われて。テストボードだったから迷ったけど、売ってお金を手にしたとき「そうか、こうすればいいのか」ってひらめいて。そこでメーカーに「あのボード、もう少しこうしたら」とか言って、どんどん新しいのをつくってもらって、どんどん友人に売り……気づけば年間でかなりの数を売ってたね(笑)。
 それで、大学卒業するときに、親父を銀行に連れてって、うまく丸め込んで、700万円を融資してもらってサーフショップをはじめた。幸運なことにちょうどサーフィンブームが来て、借りた700万円も2年でそこそこ返済できて、店も5店舗にまで増やして。当時は20代後半で、波に乗るより調子に乗ってたね(笑)。でも経営能力もないし人任せでいたら、途中で失敗して……結局最初につくった店以外は全部閉めたよ。とはいえ、僕はプロとしては全然ダメだったし。でも、サーフィンが好きで常に最前線にいたかったから、日本サーフィン連盟というアマチュア組織に入り、理事をやるようになって、1981年にプロ組織ができたときに今度はそっちの理事になって。審査員もいろいろとやって、86年にはハワイで行われた「パイプラインマスターズ」に行って、ありがたいことにあのジェリー・ロペス氏のジャッジもやらせてもらったよ。
ハセベ
すごいなあ。きっと健さん自身がすごいスキルと人望を持ってるから、人脈にも恵まれたんでしょうね。なんだか憧れてしまいます。
腰添
いや、僕はただサーフィンが好きで、どうやってサーフィンを続けられるかしか考えてこなかった。だから、今もショップは細ぼそだけど続けてるし、なんとか生活できればそれでいい。

「朝一」は特別な時間

ハセベ
数年前に大阪から東京にベースを移されて、去年までは日本プロサーフィン連盟理事長を務められた。そういう風にサーフィン界のトップに立つ中で、何をお考えになりましたか?
腰添
サーフィンをもっとメジャーにしたいということ。サーフィンって愛好者が100万人以上いると言われるけど、一般の人はプロサーファーの名前を誰も知らない。やはりプロ競技としてもっと多くの人に見てもらいたいから、それにはアイコンとなるようなスター選手が必要。でもサーフィン大会だけじゃ人が集まらないし、話題をつくりたいと思って、2008年には宮崎県で東国原英夫知事を名誉会長に迎えて「波フェス'08 宮崎」を開催した。そのときは芸能人や有名ミュージシャンにも参加してもらって、今までにない大イベントになったよ。そういう風に、今後も多くのメディアに取り上げてもらえる活動を多くする必要があると考えてる。
ハセベ
これから活動をはじめる「ASA1」のプロジェクトもその想いを具現化する一つだと思うのですが、なぜ「朝一」なんですか?
腰添
サーファーは朝早い生活に慣れてるし、「朝一」って特別な時間なんだよね。夜明け前に海に着いて朝一で波に乗ると、人も少ないし波もよい。しかもだんだんと夜が明けてくる高揚感を感じられる。普段ゆっくり朝を過ごすなんて、ほとんどないしね。でも逆にいうと目的があれば人は早く起きる。だから、早朝に集まってランニングや体操やゴミ拾いなんかをしたら気持ちいいなと。
ハセベ
とってもいいですね! 実はグリーンバードでもサーフィンをしている人が多くて。彼らも含めて、ボランティアをするサーファーはとても多い気がします。それはやはり普段から自然と対峙しているから、意識が必然的に高くなるんでしょうね。
腰添
サーフィンは、海に行かなくてはできない特殊なスポーツ。だからこそ海は特別な場所で、綺麗なほうがいいからね。でも、残念ながらサーフィンってミーハーな遊びだと思われがち。もちろんそういう部分もあるけど、プロ競技としてストイックな部分もたくさんある。そういうマインドを多くの人に知ってほしいと思っています。
●こしぞえ・けん
日本プロサーフィン連盟顧問。NPO朝一生活代表。高校1年の夏、友人に誘われたのがきっかけでサーフィンを始め、大学時代はサーフィン漬けの生活。卒業後、サーフィンショップを経営するかたわら、連盟役員やインターナショナル・ジャッジを歴任。毎年ハワイで行われる世界大会「パイプラインマスターズ」にも日本人初ジャッジとして参加。また、プロサーフィン連盟理事長として、東国原宮崎県知事を名誉会長に開催した「波フェス’08宮崎」は大きな話題を呼んだ。今年、理事長としての任期を終え、サーフィン人生の集大成として、「ASA1プロジェクト」を立ち上げた。
●ハセベ ケン
渋谷区議会議員、NPO法人green bird代表。
1972年3月東京都渋谷区神宮前に生まれる。専修大学商学部卒業。2002年に広告代理店(株)博報堂を退社。その後、ゴミ問題に関するNPO法人green birdを2003年1月に設立。原宿・表参道を中心にゴミのポイ捨てに関するプロモーション活動を開始する。2003年4月に渋谷区議に当選。現在、渋谷区議会議員・無所属。
ハセベケン事務所ホームページ