volume 80 (『ソトコト』 2010年6月号掲載)
今回の対談のお相手は、東京ヴェルディ1969フットボールクラブで、 事業本部営業部部長を務める田中育郎さん。
東京ヴェルディの伝統である社会貢献活動や、 ファン獲得に向けた施策、今後のビジョンについて伺いました。

 1969年に、日本初のプロサッカークラブとして誕生した東京ヴェルディ(旧・読売サッカークラブ)。93年のJリーグ開幕以来、日本サッカー界において確固たる地位を築いた東京ヴェルディは、これまで選手の育成とスポーツ文化の振興・確立を目指してきた。トップチームの下にはユース、ジュニア・ユース、ジュニア、スクールといった一貫した育成組織のもと、多くの日本代表選手も輩出してきた。  だが、2006年にはまさかのJ2降格。08年にはJ1に返り咲くが、09年には再びJ2に降格するなど、苦しい時期が続く。一方で、地域に密着した地道な社会貢献活動を続け、着実にサポーターを増やしている。そこで今回は、地元に密着したプロモーション活動を企画・展開する事業本部営業部部長の田中さんにお話を伺いました。

ハセベ
最初の出会いは2003年でしたね。突然田中さんから「 ”ミドリ”つながりで何かできませんか?」とメールがきて。
田中
そうしたら、すぐに連絡をいただけたので、嬉しかったですね。
ハセベ
当時、僕はプロ野球チームと渋谷区で地域活動ができないかと考えていたところで。ちょうど田中さんと出会って、そんな話をしたら「サッカーでもぜひ!」と、すぐに渋谷区民を試合に無料招待してくれ、その後も清掃に参加してくれましたよね。さすがだなあと思いましたよ。田中さんは別の業界から東京ヴェルディ(以下、ヴェルディ)に転職したそうですが、ヴェルディに入った理由、そして営業として社会貢献分野に力を入れるようになった理由について教えてください。
田中
地元がクラブハウスの近辺だったんですよ。昔からこの周辺で育った子どもなら、ヴェルディのことは誰もが知っていて、憧れの存在でもありました。スクールでは、たくさんの地元の子供たちが集まり、隣のグランドで練習しているプロと触れ合って。そして、そこからたくさんのプロ選手が生まれています。これも広い意味での社会貢献だと思います。ぼくは学生時代にラクロス部に入っていたのですが、ラクロスはボランティア精神を大事にするんですね。そうして、自分がスポーツを通していろいろな経験をしたり、海外のスポーツシーンを見たりするうちに、地元に素晴らしいクラブがあることに改めて気付いたんです。でも世間ではJリーグの開幕のときのブームの印象ばかりで、その素晴らしさが認識されていない。だからハセベさんと出会ったことをきっかけに、社会貢献についてももっと打ち出そうと思ったんです。
ハセベ
今では、Jリーグでも社会貢献を行うクラブは増えたけど、ヴェルディは他がはじめる前から意識が高かったんですよね。
田中
もともとサポーターもゴミを拾ったり、社会貢献マインドが高かった。驚くべきなのが、昭和44年に読売新聞に、ヴェルディ(当時の読売サッカークラブ)のクラブミッションのひとつとして「街づくりに積極的に参加し、青少年の育成、環境保全に寄与する」と書かれた記録が残っているんです。40年以上前にすでにこうした意識を持っているのがすごい。サッカーに軸を置きながら、どこよりも早く社会貢献を続けてきた、それがヴェルディの伝統であり、誇りです。

サッカークラブ以上の存在を目指して

ハセベ
いまはどんな活動を?
田中
稲城市、多摩市、日野市、立川市をはじめ、渋谷区や世田谷区、新宿区、杉並区など、東京をホームタウンにするチームとして、地元に根づいた活動を行っています。具体的には都内の小中学校の授業にコーチや選手が訪問したり、地域のイベントに参加したり、クリニックを開いたり、環境活動や介護予防事業など、年間200回以上行っています。05年からは「ヴェルディECOプロジェクト」として、試合終了後の清掃活動や、「ヴェルディECOマッチ」の開催、エコバッグやエコタンブラーの配布なども開始しました。サッカークラブならではの広い視点からの社会貢献を行っています。
ハセベ
様々な活動がずっと続いているということが、すばらしいですね。
田中
ありがとうございます。今後も「社会貢献活動をしているヴェルディが好き」と言ってくれる方が増えるように展開したいです。とはいえ、社会貢献が直接的なファン獲得に繋がるわけではない。しかも、現在J2に降格し、クラブの経営は非常に厳しい状況です。ですが、社会貢献は読売サッカークラブ時代から続いてきたこと。これを辞めたらヴェルディじゃないと誰もが思っていますし、このマインドを次世代に伝えたい。「ヴェルディのそういう姿勢がいい」と入ってくる社員やインターンも多いですし。そして、その姿を世間に伝えるのも私の役目だと思っています。
ハセベ
でもいくらいいことをしても、スポーツはやはり勝敗に左右される部分がありますから難しいですよね。ファンの風当たりも厳しいでしょうし。
田中
そうですね。06年に1回目のJ2降格をしてから本当に苦しい状況が続いています。ただ、欧州などでは名門クラブが破産して、違った形で復活した例はたくさんあります。サッカークラブにとって成功の姿は一つではありません。勝敗に左右されずに応援を続けてくれるサポーターもいますし、そうなって欲しいとも思っています。しかし、今のヴェルディの状況は誰もが納得していません。絶対強くなって、もう一度J1へ復活したいと願っています。また、条件が折り合わず、志半ばでクラブを離れた選手や職員もいますが、彼らは今でも試合を見に来ている。この前も、ヴェルディから他チームに移籍した選手に偶然会って、「応援しています」といわれて本当に嬉しかった。そういう風に、事情があってヴェルディを離れた人からも、ずっと愛されているクラブなんです。プロとして勝つことを目指すのが当たり前ですが、地域社会に密着した活動にも積極的に取り組むことで、サッカークラブ以上の存在となり、地元・東京都にとって必要とされるようになりたいと思っています。
●たなか・いくろう
神奈川生まれ。東京ヴェルディ1969フットボールクラブ事業本部営業部部長ファンディベロップメントチーム。大手印刷会社勤務後、2001年、地元である読売ランドにクラブハウスがある東京ヴェルディに転職を決める。転職直後はワールドカップで盛り上がるも、その後、チームはJ2降格を2度経験。現在、厳しい経営状態が続くなか、ヴェルディに対する熱い想いを持ち続け、ファンの獲得、名門復活を目指している。
●ハセベ ケン
渋谷区議会議員、NPO法人green bird代表。
1972年3月東京都渋谷区神宮前に生まれる。専修大学商学部卒業。2002年に広告代理店(株)博報堂を退社。その後、ゴミ問題に関するNPO法人green birdを2003年1月に設立。原宿・表参道を中心にゴミのポイ捨てに関するプロモーション活動を開始する。2003年4月に渋谷区議に当選。現在、渋谷区議会議員・無所属。
ハセベケン事務所ホームページ