volume 79 (『ソトコト』 2010年5月号掲載)
今回の対談のお相手は、脳卒中医の第一人者である酒向正春さん。
現在酒向先生は、「健康医療福祉都市構想」を
掲げた街づくりも手がけている。
医療現場から街に関わるその姿や考えを伺いました。

 2003年より酒向正春先生が取り組む「健康医療福祉都市構想」。これは、ハンディキャップを持つ人々や高齢者を含めるすべての人が快適に暮らせるための街づくり。「ヘルシーロード」と呼ばれるバリアフリー歩道空間などを市街地中心部に整備し、人々が交流する場をつくることで、地域が活性化し、住民たちが健康的で豊かな生活を送れる環境づくりを進めています。渋谷区議として同じく街づくりに関わるハセベケンにとって、酒向先生の街づくりの方法には、学ぶべきヒントがたくさんありました。

ハセベ
まずはお医者様なのに、なぜ街づくりに関わろうと思われたのか教えてください。
酒向
私は1987年に医師になり、愛媛県で脳神経外科医として、脳卒中の方の治療や、時に寝たきりの方の訪問診療をしていました。93年に同僚が脳梗塞の治療方法について世界に発信し、それがきっかけでデンマークから研究をしないかと誘われて、97~2000年に留学したんです。そして、現地で脳梗塞の研究するかたわら、「デンマークは福祉がいい」と聞いていたので視察を行いました。すると意外なことに、日本の福祉のレベルとあまり変わらないと気がついたんです。むしろ、技術は日本のほうがある。ただ、デンマークのほうが最低レベルの基準が高く、ケアが行き届いている。しかも、デンマークは、街中にハンディキャップの人に適用するユニバーサルデザインの施設がコンパクトにまとまっていたのが印象的でした。その後、日本に帰国して、また脳神経外科医として働きはじめました。その頃は、脳卒中を起こした方は、救急治療を施しても、リハビリが不十分なために病院や在宅治療を続けると寝たきりになる時代でした。そのような現場を見ていたら、後遺症を持つ人や高齢者が閉じこもらない環境をつくりたい、デンマークのようなハンディキャップの人に優しい街をつくるべきだ。街で人間を回復させようと思いはじめたんです。
ハセベ
日本はバリアフリー化は進んできていますが、まだまだやるべきことがたくさんありますよね。その後、どのようなアクションを?
酒向
2003年に縁あって東京に出てきたので、これをきっかけに動きはじめました。ハンディキャップを持つ方は、病院かリハビリ施設か自宅以外には行く場所がないので、安心・安全に外出できる場所を街中につくる必要があると国や地域に発信したんです。私が掲げる計画に「健康医療福祉都市構想」がありますが、これは、病院や商業施設、駅などがすべてバリアフリー化した「ヘルシーロード」でつながり、一つの医療福祉ネットワークを形成した都市のことです。ですが、その構想のためには、まずキーになる人間回復を指導できる病院を都市の中につくる必要があります。しかし、今の日本は、新しい機能の病院が欲しくても、病院数に規制があり簡単には増やせないんです。そのため、今ある病院を変えるか、行政のトップダウンで増やすしかない。だから、まずは地域に人間回復の医療連携を進めるべきと発信しています。
ハセベ
とはいえ、地域の人々だけでなく、行政や医師会など様々な兼ね合いがあって、合意形成を得るのが難しいですよね。
酒向
そうですね。地域住民からは「ぜひつくって」といわれますが、いろんな意見もあって。ただ、行政に意見を述べたとき、最初彼らはヘルシーロードさえ整備すればいいと捉えていたようですが、話を進めるうち各省庁との連携が必要な都市全体の計画だと気がついたようで。現在は、内閣が掲げる「中心市街地活性化基本計画」に「健康医療福祉都市構想」を盛り込もうとされています。

ワクワクする街を目指して

ハセベ
お話を伺ってると、現場の経験を最大限に生かして、街をプロデュースされていますね。しかも政治家とはまったく視点が違って面白いです。
酒向
やはり、自分の専門的なスキルをいかに生かせるかだと思うんです。ただ、医療現場から街をつくろうと動いた人は、あまりいないと思います。
ハセベ
今後の進め方はどのように?
酒向
地域の中にワクワクする場所をつくるのがテーマです。例えば人口3万~6万人で、傾きかけた商店街(アーケード街)がある街を想像してください。その商店街の中の500坪ほどを病院にし、アーケード街をリハビリができるヘルシーロードとして利用する。そしてシャッターが閉まった店舗を、介護ショップなどの医療関連施設にし、併せて高齢者や子育て世代の雇用の場もつくる。このようにして、傾きかけた地域の商店街が、高齢者やハンディキャップを持つ人を含めたすべての人のための賑わいの場所になる……、という計画です。これは人口3万~6万人の街で実践すればすぐに実現できると思います。今は人口30万~50万人の街を対象に、全国に先駆けたモデル地区の計画を進めています。
ハセベ
今、酒向先生は渋谷区でも動いていらっしゃいますね。
酒向
現在、東京都が初台駅の前に走る山手通りを整備していますが、この一部を初台ヘルシーロードとして計画しています。東京都建設局も、本構想に興味を持ち、お声をかけていただいています。また、初台オペラシティなどの大型ビルを、その建物の道や階段などの機能を利用してリハビリ環境として見直せないかも考えています。全国にも大型ビルはたくさんあるので、モデルにできればと思います。
ハセベ
すでにあるものをどう利用するか、というのも素晴らしいですね。私たち一人ひとりにできることはありますか?
酒向
やはり意見と関心が欲しいです。街づくりは、そこに住む人々がいないとできないので。今後、超高齢化社会が訪れる日本で、どれくらい人々が住みよい街をつくれるか。必ず快適に暮らせる街を実現させたいですね。
●さこう・まさはる
1961年愛媛県生まれ。愛媛大学医学部卒。医学博士。デンマーク国立オーフス大学脳神経病態生理学研究所客員教授。1987年脳卒中専門の脳神経外科医に。1997〜2000年デンマーク国立オーフス大学脳神経病態生理学研究所助教授を経て、2004年「病気を治すだけでなく、人間回復させることが大事」との想いから、初台リハビリテーション病院にてリハビリ医療に携わる。現在は、脳卒中診療科長として、脳神経病態生理学画像診断による人間回復リハビリの実践と障害者が暮らしやすい環境実現「健康医療福祉都市構想」を提唱する。長嶋茂雄・元巨人軍監督の担当医としても知られている。
●ハセベ ケン
渋谷区議会議員、NPO法人green bird代表。
1972年3月東京都渋谷区神宮前に生まれる。専修大学商学部卒業。2002年に広告代理店(株)博報堂を退社。その後、ゴミ問題に関するNPO法人green birdを2003年1月に設立。原宿・表参道を中心にゴミのポイ捨てに関するプロモーション活動を開始する。2003年4月に渋谷区議に当選。現在、渋谷区議会議員・無所属。
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