volume 78 (『ソトコト』 2010年4月号掲載)
今回の対談のお相手は、スタイリストの高橋靖子さん。
日本のスタイリストの草分け的存在として1960年代半ばから活躍し、
数々の伝説を残してきた一方で、環境にも強い関心を持つ女性だ。
高橋さんの仕事内容から、自然や環境に
興味を持つようになったきっかけなどを伺いました。

  「表参道のヤッコさん」という別名を持つトップスタイリスト・高橋靖子さん。現在68歳ながら第一線でバリバリと仕事をこなしている。過去には、デヴィッド・ボウイやT・レックスなど、世界のトップスターのスタイリングを手がけたことで有名だ。スタイリストとして45年以上原宿・表参道を拠点として活動してきたヤッコさんは、原宿出身のハセベケンにとっても大先輩。対談は、表参道のとあるカフェで行われ、「この街も変わったわねえ」と街並みを眺めながら、明るくチャーミングな笑顔で、和やかに語っていただきました。

ハセベ
以前から高橋さんのことはスタイリストとしてお名前を耳にしていましが、同時に環境についても意識が高い方だと伺っていました。自然や環境について関心を持たれたのはいつごろからですか?
高橋
私はもともとコピーライターになりたくて、原宿セントラルアパートにあった広告制作会社に入ったんです。でも、コピーが書けなくて撮影の手配やお使いばかりしていて、気づいたらスタイリストになっていました。当時(1960年代後半~)、スタイリストは新種の職業だったのね。しかもファッション業界の人たちは、新しいものが好きだから、新しい仕事をはじめると必然的に売れっ子になっちゃうの。だから私も、自分の実力とは別に、たくさんお仕事をいただいて、毎日を必死でこなす生活を続けていたら……ある日突然、第一次オイルショックが起こり仕事が激減してしまって。そのとき、私にはお金も仕事もないんだから、まずは身体を大事にしなきゃいけないとハッと気がついたんです。ちょうどそのころ、「朝日カルチャーセンター」が開設されたとニュースで知ったので、とにかく健康になろうと思って、ヨガ教室に1期生として通いはじめました。そのうち、教室では毎月1回先生と一緒に自然食中心の食事会を催すようになったんです。そのときはじめて、有機トマトの甘さとか純粋な醤油の美味しさとかを知って感動して。そこから健康のことにすごく関心を持つようになり、食事もすべて自然食に切り替えましたね。
ハセベ
70年代前半に自然食に目覚めるとは早いですね。
高橋
ラッキーだったのは、その先生がバランスの取れた人だったこと。先生は、有機野菜とか「正しい食事」を教えながら、一方で「今日は豚のしょうが焼きだ」とかいって食べに連れにいってくれた。両極端のものを同時に食べて「いい加減なこと(悪食)も大切なんだよ」と教えてくれたんです。だから、一方的ではなく広い視点を身につけられたんだと思います。
ハセベ
超ハイブリッドな先生ですね。そうやってバランスを取ることってすごく大切だし、難しいですよね。
高橋
その後、ヨガのほかにも整体をはじめて……と暮らしていたら、三宅一生さんからお仕事をいただいて。そのとき三宅さんのショーのテーマが「健康」だったんです。ほかにも75年に、資生堂の「インウィ」という商品を手伝ったんだけど、そのときのポスターも、ジョギングやヨガなど「健康」を題材に撮影したものだった。もちろん偶然だったんだけど、私はすでに健康に気を使った生活を送っていたから「ほらきた!」って思ったわ!

“俗っぽさ”の重要性

ハセベ
次に健康ブームがくると発見するなんて、先見の明があるんですね。でも、僕のなかでヤッコさんというと、環境よりも、デヴィッド・ボウイのイメージのほうが強かったなあ。
高橋
もちろん、当時私はロンドンポップの真ん中で仕事をしてて。同時にヨガや自然食に関心があって生活に取り入れてたけど、当時は誰にも話してなかったから、きっと周りは知らなかったでしょうね。時代に先駆けすぎてたし(笑)。でも、いろいろな影響を受けたわ。私は1968・69年にスタイリスト修業をするために、はじめてニューヨークに行ったんだけど、そのときアメリカではヒッピーが全盛で、いたるところに自然と共存しようとする人たちで溢れていた。そして私は偶然にも第一回のアースデイに遭遇したの。街中がお祭り騒ぎだったけど、人々がすごく魅力的でいきいきしてて、歩行者天国の中でゴミを拾ったり大道芸をしたり、ロックの大集会があったり、日本にはないかっこよさがあって衝撃を受けました。もちろん、光には闇があるから、その後ヒッピームーブメントの傷つきやすい面も見た。でも、あのときのアメリカで、私は一生の価値観をもらったし、すべてに対するラブ&ピースという考えは、今でも自分の身に染み付いていると思っています。
ハセベ
素敵ですね。でも、一歩間違えたらディープな活動家になっていたかもしれませんね(笑)。それは冗談としても、時代の波のド真ん中にいて、インパクトのある体験をされてきたんだと思います。やっぱり、最初のヨガの先生の教えがあったから、バランスがとれたライフスタイルを送れているんでしょうか?
高橋
それもあるでしょうね。80年代前半に、デヴィッド・ボウイが何回目かの来日をしたとき、彼はそうじゃなかったけれど、他のメンバーはみんな菜食主義だったの。それは、出汁にじゃこが入っていても駄目なほど徹底的だった。そういう風に、一度のめりこむと、超ストイックになる人が多かったのよ。でも、それはとても危険なことなのね。食べることや生きることそのものが信仰や宗教的になってしまうと怖いし、あやしい。やっぱり何事にも俗っぽさが重要だと思っています。
ハセベ
確かに! 僕らも、俗っぽさや馬鹿馬鹿しさを忘れないようにしています。やっぱり、環境や自然に対するアプローチって、真面目すぎずに、自分なりの選択をしながら楽しむことが大切ですね。
●たかはし・やすこ
日本のスタイリストの草分け的存在。1941年茨城県生まれ。早稲田大学卒業後、表参道の広告制作会社を経てフリーランスのスタイリストに。71年、ロンドンで山本寛斎氏とファッションショーを成功させ、その後ジギー・スターダスト期のデヴィッド・ボウイの衣装を担当。写真家・鋤田正義氏によるデヴィッド・ボウイやT・レックスの撮影をアレンジしたことでも知られる。現在も広告やCMなど第一線で活躍中。著者に『表参道のヤッコさん』など。http://e-days.cc/style/column/takahashi/backnumber.php
●ハセベ ケン
渋谷区議会議員、NPO法人green bird代表。
1972年3月東京都渋谷区神宮前に生まれる。専修大学商学部卒業。2002年に広告代理店(株)博報堂を退社。その後、ゴミ問題に関するNPO法人green birdを2003年1月に設立。原宿・表参道を中心にゴミのポイ捨てに関するプロモーション活動を開始する。2003年4月に渋谷区議に当選。現在、渋谷区議会議員・無所属。
ハセベケン事務所ホームページ