2005年 6月定例会 代表質問原稿

未来の渋谷をつくる会を代表して質問させていただきます。世の中の人が、あと一歩でいいから社会に関心を持つようになったら、すごくイイ世の中になると思うんですよ。でも、「じゃぁ、みんな関心もってね。」じゃうまくいかない。仮に関心を持つようになったとしても、すぐにイイ世の中になるかといえば、それは難しい。長い年月を掛けて壊れてきたものだから、良くなるには時間が掛かる。でもそうなれば、ゆっくりと明るい未来が開けてきます。そろそろ、そういった兆しが見えてきています。

ここ数年、エコという言葉がはやったり、同様にスローフード、スローライフなんて言葉も巷で溢れています。最近は、ロハス(Lifestyles of Health and Sustainability)というキーワードもはやってきています。愛知で開催されている万博も、自然の叡智をテーマに自然との共生をうたっています。こういった世の中に動きからも、モノに頼った豊かさから、心の豊かさを求める方向に、世の中が向いていることが伺えます。言い換えると、高度経済成長期に、経済の豊かさを追い求めた結果、失ってしまったものを取り戻そうという動きです。

あえて、この場を借りて、僕ら30代40代の団塊ジュニア世代にひとこと。僕らに出来ることは、こういった兆しの後押しをし、次の世代へと繋げていくことです。今の日本をここまで豊かにするために、日々汗をかいて頑張ったいわゆる団塊の世代にすべてを押し付けるのは、どうかと感じます。何かあれば、おじさんたちが悪い、おばちゃんたちが悪いじゃ何も解決しないんです。むしろ、ここまで自己を犠牲に、社会の発展の為に汗をかいたことに対し、リスペクトするべきと感じます。文句を言うだけじゃなく、ポジティブに発想をし、僕らが時代の担い手になって、次の世代にどういう世の中を残していくべきか、考えるだけじゃなくて行動に移していこうよって思います。生意気言いますが、これは、政治家も行政マンも区民にもいえることと思います。僕自身もまだまだではありますが、ここは図々しく、「頑張ろうぜ、俺たち世代!」

30代40代の世代の奮闘でいえば、昨年のプロ野球の騒動が思い出されます。ずっと覆すことの出来なかった70代の妖怪世代支配を、30代40代の世代が覆した。これは単なる事象ではないと思う。ビジネスの分野でもIT系金融系を中心に、30代40代の世代の台頭がみられます。これからは、もう少し、この30代40代が頑張る世の中になるはずだし、ならなければいけないとも思います。

そんな中、この仕事も忙しい30代40代の世代が、どうやって仕事以外に社会に関心を持つキッカケを作っていくかが、課題と感じます。30代40代の世代の多くは、子どもを持つ親です。まずは、そこに着目しましょう。子どもを持つと、その子どもの将来に何かを残したいと感じる、自分の子どもの教育に関心を持つようになった。よく聞きくことですが、当然のことですよね。自分の子どもに関わることになるとモチベーションがあがるんです。そこで、提案です。今よりも更に、もっと地域に開かれた学校、コミュニティ・スクールを渋谷区内で実施しませんか。

コミュニティ・スクールは、「地域の学校をこんな学校にしたい。」「こんな教育をしてもらいたい。」「それにはこんな先生に来てもらいたい。」といったことを可能にする仕組みを持っています。コミュニティ・スクールは、地域コミュニティが学校運営に積極的に関与しながら、「みなでいい学校を作る」ことを可能にする、これまでにない、新しいタイプの公立学校です。コミュニティ・スクールが、最初に公式に検討されたのは、2000年3月に設置された首相の私的諮問機関である教育改革国民会議でのことです。その後、さまざまな議論や審議を経て、2004年の6月に法律が国会を通り、「ひとつ、取り組んでみよう」という地域が一定の手続きを踏めば、2005年の4月から、スタートできることになっています

コミュニティ・スクールについてを、慶応の幼稚舎の元校長で現在、慶応SFCの金子郁容教授を中心とするV−COMのHPからの抜粋で、コミュニティ・スクールを説明させて頂きます。

従来の公立(小中)学校は、文部科学省―都道府県教育委員会―地方(区市町村)教育委員会―学校という、ヒエラルキ型、もしくはピラミッド型の巨大な官僚組織の「末端機関」という位置づけにあった。形の上では、日本の学校システムは、かなり分権的になっている。しかし、実際は、さまざまな制約や「上部機関」による裁量によるところが多く、学校や教育行政関係者は、いつも「上」を向いているという状態がある。特に、教員人事については、都道府県がすべての区市町村の学校について完全に権限を握っている(政令指定都市はその限りではない。)特に、教育現場の長であるはずの校長の権限は極めて限定的だ。企業でいえば、校長は係長かせいぜい課長程度の権限しかない。

「コミュニティ・スクール構想」の目的は、そんなシステムを改めるということだ。学校は、官僚ヒエラルキの一部ではなく、基本的に学校が存在する地域コミュニティの一部であると考える。学校は学校の「上」にある管理機構によって統率されるのではなく、「隣」にある住民参加の学校運営協議会のチェックや支援を受ける事によって、学校が自律的に運営される仕組みにしようということだ。いわば、学校と協議会が「緊張感のある協力関係」をもって、その地域にふさわしい、よりよい学校を作ろうというのがコミュニティ・スクールの基本発想である。 以下では、2004年6月に成立した法改正によって可能になった「学校運営協議会制度」によって誕生する学校(いわゆるコミュニティ・スクール)に焦点を当てて述べてゆく。いわゆるコミュニティ・スクールは、わたしたちがかねてから提案してきた「コミュニティ・スクール構想」の一部を反映したものに留まっている。いわゆるコミュニティ・スクールには、地域住民や保護者の代表がメンバーの一部として参加する「学校運営協議会」という組織が作られる。学校運営協議会のメンバーたちは、校長や先生たちと一緒になって、地域の学校の基本的な方針を決めるプロセスに参加することになる。たとえば、この学校では、基礎学力を重視しよう、小学校低学年から英語を本格的に教えよう、読書力をつけることに本腰を入れよう、インターネットを活用して不登校児童・生徒の問題に積極的に対応しよう、この地域では小学校と中学校が互いに密接に連携して9年間で一貫した教育をしよう、など、など、地域の人や保護者が、日ごろの想いに基づいて、また、雑誌・新聞・ホームページなどから情報を得て勉強した結果を踏まえて、それぞれの意見を出し、学校の大きな方針を決めることに参加することができる。

 そして、ここからが、これまでの学校とまったく違うところであるが、学校の基本的な方針が決まったら、住民や保護者の代表が、その方針にふさわしい得意分野や経験をもった、意欲ある教員をリクルートしたり、採用を推薦したり、採用面接に参加したりすることができる。場合によっては、熱意とビジョンのある校長を広く公募して学校を活性化することを提案することもできる。

「与えられた学校」から「みなで作る学校」へ

これまで、公立学校は「与えられたもの」と思っている人が多かったのではないだろうか。近くにあるから「しかたなく」「みなそうするから」子どもをそこに通わせるという存在だったのではないか。コミュニティ・スクールは、「みなで関心をもち、みなで作る学校」である。学校のことは先生や教育委員会に「お任せ」にし、なにかあったら文句を言うだけ。そうではなく、それぞれの地域の知恵と力を最大限活用した、地域にふさわしい、いい学校をみなで作ってゆこうというのだ。もちろん、教育現場の細かいことにいちいち口を出すということではない。単なるおもいつきを言ったり、ただ文句をぶつけたりするのではなく、日常的に関心をもって学校で何が起こっているかを知り、校長や教員とコミュニケーションをとり、お互いに「いい学校を作ろう」という気持ちをもって協力するという立場から、必要なら、「もっと授業をきちんとやってくれ」など厳しい指摘もする。そのためには、学校評価や授業評価の実施にも、進んで協力する。そういった、実質的なやりとりの中から、学校と住民や保護者の間で、また、保護者や住民同時の間で、相互理解と信頼関係を作ってゆくということが肝心だ。さらに、教員人事に住民や保護者がかかわることがその象徴だが、地域の人たちにとっては、学校運営に積極的に参加するということは、教育の責任の一端を引き受けるという厳しい面も引き受けるということでもある。 (詳しくは、http://www.vcom.or.jp/をご参照ください。)

とあります。学校が地域の核となり、そこに新たに地域コミュニティが生まれ、既存の地域コミュニティが集まってくる。そして30代40代のPTA達も運営に関わり、教育・地域について正面から取り組む機会となります。既存の地域コミュニティと連携することで、町会や商店会の活動を知ることができる。子どもたちが学校を卒業したあと、地域コミュニティの重要性を肌で感じた30代40代の中から更に、別の地域コミュニティで行動する人が出てくるかもしれません。でもこれは何も区内の学校をすべてコミュニティ・スクールにしようというものではありません。地域の希望が必要です。ただ、学校選択制の下、特色を出そうと考え、地域と連携を図りたいと考える学校もあると考えます。是非、渋谷区でもこのコミュニティ・スクールの研究を始めませんか?やるやらないは先の話で、まずは、渋谷区もこのミュニティ・スクールについて検討チームを立ち上げたら如何かと提案します。区長のご所見をお伺いします。

続いて、僕のライフワークでもある、街の美化についてです。最初にちょっとご報告。僕の主催するNPOの活動の本拠地としている表参道で、アダプトプログラムを実践してみました。今まであった灰皿が小さいうえに、老朽化していたので、今年の4月から渋谷区が原宿駅に喫煙所を設置したのと同時に、表参道の灰皿をリニューアルしました。今までより大きく目立つものにしました。また、環境にも配慮し、灰皿壁面をペットボトルのリサイクル素材を使用し、中にLEDを仕込み、太陽光エネルギーで夜は自家発光する仕組みです。これにより、表参道でのタバコのポイ捨ては、大きく減りました。お蔭様で、地域の方々からの評判も上々です。また、6月から灰皿の清掃を地元企業と年間契約を結び、「この灰皿は○○○がそうじしています。」と灰皿に表記することで、その企業の地域貢献のアピールと引き換えに、日々の清掃管理を請け負ってもらっています。実際に、アダプトプログラムを実施してみましたが、商店会の清掃に関するコストの削減にもなり、あらためてイイ仕組みだと実感してみます。表参道にいらっしゃた際には、是非ご覧になってみてください。区が設置した、渋谷駅喫煙所、恵比寿駅喫煙所でも応用できる仕組みかと思います。また、区内にある公衆トイレ等でも、こういった仕組みで、清掃を行うことも出来るかと思います。

また、日々、街のそうじをしていると、ゴミの多くがタバコ、コンビニ袋及びコンビニで販売されている商品、ファーストフード系のゴミです。もちろん、ポイ捨てしていく人に問題があるのは当然ですが、お店側も、現実にゴミとなっていく商品を販売し、利益を上げている訳ですから、まったく責任がないとは言い切れないと考えます。そこで、ご提案ですが、繁華街に限り対象エリアを決め、防火責任者のように清掃責任者を置き、お店の周りの清掃を義務化したら、更に街はキレイになっていくと考えます。お店の周りの清掃なんて、実は当然のことですが、現実、実施しているところは少ないと見受けられるし、うちではやっているよというところも、やっている訳ですから新たな負担が増えるものではありません。NYの街美化プロジェクトの考え方でもあるブロウクンウィンドウの法則でも言われるように、キレイな街には犯罪が減るし、キレイな街は気持ちイイ。街をキレイにする意識を根付かせることは、あらゆる波及効果があります。僕の主催するNPOでは、ボランティアがそうじに参加し、その後、ゴミ問題だけではなく、地域活動や福祉ボランティア、はたまた富士山を世界遺産にしようなんて活動を始める奴いたりします。やはり、街をキレイにする活動から、いろんな広がりが出てくるようです。もしかしたら、清掃責任者を導入したお店も、地域活動に関わっていくキッカケになることも予想されます。いかがでしょうか。区長のご所見をお伺いします。

また、ブロウクンウィンドウの法則のように、ひとつのことが、多方面に広がりをみせることが多々あります。これを応用して、今回の質問の最後に、環境意識を育む施策をひとつ提案します。昨年度、渋谷区内では表参道と笹塚のスーパーにテスト導入された、ペットボトルのリサイクルマシンがあります。区長も表参道で実際にご覧になられているあの自動販売機型のマシンです。ペットボトルをそのマシンで粉砕し収集することで、かさ張り運搬効率が悪かった点を解消し、その後のリサイクルもしやすいというスグレモノのマシンです。昨年度、環境清掃部が関わったこのテスト導入のアンケート結果をみると、「楽しくリサイクルを体験をできる」「これを機に家でも分別について、子どもから指摘されるようになった」「地球の限られた資源について考えなければ」などただ単なる回収から、広がりを見せていることが伺えます。リサイクルについての各所の議論を見ていると廃プラスティックについては、燃やす燃やさないで議論が分かれているようですが、ペットボトルについては、他の廃プラスティックゴミより、ゴミの中から抽出しやすく、サーマルリサイクルなのかペットtoペットがイイとか、リサイクル先については、議論が分かれるところですが、リサイクルするという方向には向かっていると捉えられます。導入コストについても10箇所以上の導入をすれば、回収コストも効率がいいようです。また、こういった取り組みはニュースになり易く、パブリシティの点からも期待がもてます。環境意識を育むことにも繋がる、こういったマシンについて、導入の可能性を伺いたいです。区長のご所見をお伺いします。

どうぞ、よろしくお願いします。


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